月刊新松戸2014年9月号 第194回 パソコンに目耳と口や手足が付くとロボットになる?!

今回は、パソコンで絵を描いたりゲームをしたり、ワード・エクセルを使ったり、ネットをするためのパソコンのお話ではありません。パソコンが自分で考えて判断して何かをスルという話です。と言っても、SFに出てくる高い知性を持った人間型ロボットではなく、あくまで与えられた情報や指示によって動作する機械(将来のパソコン?)のことです。

ご存知のように、今や家電や車にはたくさんのセンサーが取り付けられており、快適で安全な生活や運転ができるようになりました。冷蔵庫やエアコンなど単に温度調節ができることは当たり前で、さらなる効率性と快適性も追求されています。多くのセンサーとそれを使って機器を動かすためのやはり多くの小さなコンピュータが備わっているのです。

スマートフォンには、もともとたくさんのセンサーが内蔵されていますが(加速度、ジャイロ、照度、近接、傾きなど)、それを補う形でさらに多くの外部センサーや外部機器が取り付けられるようになってきています。歩数計や体重計と連携しての健康管理、カードリーダによるクレジット決済、在庫や注文管理のためのハンディーターミナルなどスマホが単なる手のひらの中だけからどんどんと外の世界に広がってきています。

さて、市販のパソコンはシンプルであり、余計なものはあまり付いていませんが、ただ、研究や工学的な用途ではセンサーが取り付けられ、パソコンからの指示で様々な機械が動いているわけです。手足は、操作端(アクチュエータ)とも言います。バルブの開閉を行なったり、風の吹き出し方向を変えたりなど、何か物を動かすという他に、ヒータの電流の量を変えたりすることも含みます。

一方、目や耳に相当するのが検出端(センサー)ですが、身の回りの家電でも温度、湿度のほかに人感センサーもついていたりします。それを逐一検出し、コンピュータで判断し、操作端を動かしているわけです。

センサーが入力部で、操作端が出力部ですが、時々刻々と入力されてくる情報(データ)を基に、目標値と比較、計算し、予測し、そして判断して出力部に指示、命令を出すのが演算部です。この一連の動作を人が介在することなく自動で行うことが、自動制御(オートマティック・コントロール)と呼ばれるものです。自立式で、特に目耳などセンサーを持ち、かつ手足などの動作を伴ったものがお馴染みの人型ロボットということになりましょうか。

お宅のパソコンが、いろんなことを教えてくれたり、様々な作業を手伝ってくれたりするようなロボットに取って代わられる日も意外と近いかもしれませんね。

松戸パソコン修理Pハウス
野口 隆

月刊新松戸2013年4月号 第177回 ハード関連ビジネスからソフト関連へシフト

大仰な今回のタイトルは、我が国が今後進むべき道だとも言われていますが、当店の生き残る道にも関係しているようです。デジタル技術やインターネットの進歩による社会システムの急激な変化で多くの問題が多方面で生まれていますが、当店にも小さいながら悩みがあります。それは、パソコンの性能、品質が向上し故障しにくくなってくることで、パソコン修理業として成り立たなくなってくるかもしれないからです。今現在は、まだ消耗部品も多く、特にハードディスクは寿命で壊れるので一定の修理需要はあるのですが、それも次第に減少傾向にはあるようです。ですから、車に車検があるように、パソコンにもセキュリティー検査をパスしなければ使用禁止というような“パソ検”なる制度を国が導入してくれればなあ、と思ったりもします。それは冗談としても、壊れにくい上に、さらに修理できない構造や小型化、部品構成になりつつあるのです。超薄型タイプだと、外ケースを開けるだけでひと汗かきますし、同時に壊れやすいので冷汗も出ます。また、やっと開けられても見慣れた標準パーツが減ってきていますのでお手上げのこともあります。

さて、部品の故障やウイルス感染などによる修理以外でもパソコンのトラブルは多いわけです。セットアップできない、ネットにつながらないなどのトラブル、ソフトの使用方法がわからないなどのトラブルなど数えきれません。タブレットにシェアを奪われつつあるパソコンですが、我々の商売は長い目で見てソフトへ移行しなければならないのは明らかです。かつてテレビ・ラジオの修理業が半導体の集積回路によってあっというまに消滅したように、パソコンの修理業も10年後くらいには激減しているかと思われるのです。

ただ、我々の行っているパソコン関連のビジネスとしては、トラブル解決、ソフトの指導、有効利用のアドバイス、それとソフト作成などが今後の使命となるのでしょう。お客様からの要望には様々なものがありますがそれらに十分に応えていこうと考えています、逆に、街の商店主さんからのソフトの需要を掘り起こすという難しいテーマもあるのです。

パソコンは計算機として誕生し発展してきました。しかし、今や計算したり判断したり、工場で物を動かしたり制御したり、データを管理するためだけではなくなっています。スマホ、タブレットも含めて、パソコンに近いデジタル製品全般を広い意味でサポートしていくビジネスがこれから重要です。ですので、現在の「パソコンPハウス」は、何年後かには「デジタルDハウス」に店名変更しているかもしれませんね。

松戸パソコン修理Pハウス
野口 隆

月刊新松戸2012年8月号 第169回 あなたの死後、ネット上にあなたが存在する世界

いきなり私事なのですが、私の母はネットが普及するずっと前に天国へ召されましたが、父が他界したのは今から7年前ですので、パソコンやインターネットを十分に活用していました。実際、海軍兵学校の同期のサイトを独学で作りましたし、メールも使っていたので、没後数年間は本人からの(霊界から?)メールが届くかも、という錯覚がありました。いや、現実に、成りすましで父からメールが来た時にはびっくりでしたけど。そして父の随筆や写真などはデジタルデータとしてネット上に未だに公開されているので、亡くなったことが明記されていなければ、未だにこの世に実在する人物なのです。

また、今年の1月にはFacebook仲間でもあり皆から慕われていた松戸のSさんが急死されましたが、その方のページはやはり今でもずっとそのままです。ご家族の方が削除されない限り、延々と残っていくでしょう。前の世代では、思い出の品と言えば、家にある写真アルバムや8mmビデオでしたが、これからはちょっと様子が変わってくるようです。

さて、先日のNHKの番組で見たのですが、「死後のデジタルライフ」という変わったタイトルでした。あなたが亡くなった後にもあなたの人格は存在し続ける、という内容でした。(そのプレゼンは、ted.comで、”Adam Ostrow”で検索すると見れます。右下のLanguageの設定で日本語字幕が付きます。)

人はネット上で生き続ける、ということですが、単に個人の発信した情報が掲載され続けるという意味だけではないのです。現在ネット上には、個人が発信する膨大な情報が存在しており、かつその情報はネット会社によってごっそり蓄積されているのです。このこと自体大きな問題なのですが、残念ながら現実にそして確実に行われているようです。

個人情報やネット通販の取引内容にとどまらず、今や全世界で10億人近い利用者がいるFacebookやTwitterなどの書き込み内容、そしてYouTubeなど動画投稿サイトにアップされた情報があるのです。Googleなどの検索サイトでは、誰がどこのサイトを閲覧したり、どんなキーワードで検索したか等をこと細かくすべて記録しているようです。

文字、写真、動画、そして話し言葉などあらゆる情報の解析処理能力がどんどん向上していて、個人が(そして故人が)何をどうしゃべったか過去のコンテンツに基づき分析ができるのです。そして、近い将来、生前親しかった人(3Dホログラムで投影された本人)に会って、まるでそこにいるかのように会話ができるのです。それは、ネットに蓄積された個人の発する情報から可能となるのです。

松戸パソコン修理Pハウス
野口 隆

月刊新松戸2012年1月号 第162回 仕事を支えるパソコン、人生を狂わせるパソコン

年頭にあたっての私の所感というか雑談のような話です。本年もよろしくお願いします。

このコラムは14年前に始まりましたが、当時はWindow95から98への時代であり、Macでは故Jobs氏が一時的に離脱していたApple社がジリ貧でした。そしてこの間に、パソコン(以下PC)とインターネット(以下ネット)がないと何も始まらない、何も出来ないというデジタル社会となりました。今や趣味や仕事にネットを利用しないことは到底考えられませんので、PCや関連機器の不具合や故障は、家庭でも会社でも大きなトラブルとなりますし、インフラ関連では大きな社会問題をも引き起こしかねません。そこで、我々Pハウスは、“パソコンのかかりつけ医”として微力ながら地域の皆様に貢献していくつもりです。「いつ壊れてもいいように常にファイルのバックアップを!」は我々の合言葉であり、お願いです。

さて、当コラムの最初のタイトル案は「みなさんのデジタルライフを応援する」でした。現在では、お客様から求められている指導やアドバイス、修理は単にPCだけに留まらず、携帯やスマートフォン(スマホ)、タブレット端末などの情報機器全般に広がって来ています。さらに今年は、「スマートテレビ」という新しいジャンルの製品が注目されるかもしれません。従来は、PCにテレビ機能が付くか、またはその逆かということでしたが、スマホの流れが大きく影響しているようです。つまり本格的にテレビとネットが融合する時が来るようなのです。

ところで、PCは“仕事や趣味などを快適に便利に楽しく使うための道具”だと私は考えていますから、その道具に使われているような場面を見ると、失礼ながら主客転倒だと思ってしまいます。また、ゲームや特にネットゲームにはまってしまい、一日の大半をPCの前で過ごしている姿は悲惨にも思えます。昔の中国では麻雀を国を亡ぼす遊戯として禁止した、という話と似ているかなと思いますが、PCが快楽のための道具になってしまうと本当に人生を棒に振ることにもなります。

かくゆう私も実は危ういかもしれません。PCを使う日々の業務の他に、多量のメール処理、FacebookやTwitterの閲覧チェック、さらに、日々の絶え間ないファイル整理です。おまけに休日には、終日YouTubeを見ることも頻繁にあるのです。人生はただでさえ短いのに、これからの人生の貴重な時間をこのPCのために費やすのかと考えると恐ろしい気がします。PCという道具はうまく使わないといけません。PCに人生を狂わされないように、とは自分自身への警鐘でもあります。

松戸パソコン修理Pハウス
野口 隆

月刊新松戸2010年10月号 第147回 ネットの普及で問題化する最近のレポート作成事情

パソコンや携帯などデジタル機器の普及で“読めるけど書けない漢字”がずいぶんと増えました。私も薔薇や憂鬱を普通に使用していますが、恥かしながら書けません。さらにインターネットの普及で昔は存在しなかった様々な犯罪が次々と生まれ、法律が追いつかないことも問題です。生身の人間がネット技術発展の陰の部分に翻弄されているようです。今回は、若者を中心とするケータイ依存症やネットゲーム依存者たちも問題ですがもう少し身近な話題です。

昔だと、と言ってもせいぜい20年くらい前までですが、何かについて調べ物をしたければ、図書館に行って何冊も本を借り必死に読む事でした。今では、極端に言えば「パソコンの前に座れば答え一発!」みたいな超効率的なことになっています。それくらいネットからの情報量は何十倍、何百倍どころか無限大くらいに大きな差があるでしょう。ただ、単純な言葉の意味を調べることには重宝しますが、知らない出来事や事実を調べるのはやはり大変です。先月号に書きましたが、その真偽まで真剣に突き詰めることは容易ではありませんから。

さて、同じ疑問や目的を持った人たちは世の中には意外と多いもので、その者たちたがサイト上でうまくまとめて報告してくれていたりするものです。そのページを検索で見つけたら大変にラッキーな半面、考え方によってはそれは少し困ったことかもしれません。非常にきちんと理路整然とまとまっていたりするとそのまま信じてしまったり、さらに自分のものとして頂戴しようかと思ったりします。無断転載はもちろん犯罪ですが、無頓着な若者も中にはいるわけです。

大学や職場でよく問題視されているのがレポート内容のようです。時々ニュースで目にする議員さんの国内外の視察報告も同様でしょうが、ネットから引用した文章を切り貼り適当に編集するだけで見た目にも見栄えの良い報告書が完成してしまいます。しかし、そこには引用の記載もなければ、ひどいものはただデータを転載しただけで、肝心な自分自身の考えや感想、意見、提言などが書かれていないことがあるのです。これでは報告書とは言えませんね。単にデータをかき集めてきてきれいに綴じただけです。

データはいくらでもネット上にあります。怖いのは、時には結論や考察もネット上に書かれているということです。ネットで検索して調べて、安易にそれをコピペしてレポートにすることだけは避けたいものです。

他人の文章やデータを使用する時にはご注意を!イラストでも写真でも同じですね。

松戸パソコン修理Pハウス
野口 隆

月刊新松戸2007年12月号 第113回 ところで”デジタル”って何なの?

デジカメ(デジタルカメラ)、地デジ(地上デジタル放送)、デジタル家電、など私たちの周りにはデジタル製品であふれています。ところがお馴染みの用語の割には漠然としか理解されていないようです。今回は、この素朴な疑問にお答えしようと思います。

本当は“ディジタル”の方が発音的には近いのですが、その語源であるディジットとは、数字の桁のことです。数字は物を数値化したもので、例えばりんごなら1個、2個と数えますね。この飛び飛びがデジタルです。

また、イメージしやすいのが時計でしょう。昔のゼンマイ式は短針が無段階に滑らかに回転しますのでアナログ時計で、時刻を数字で表示するのはデジタル時計ですね。

アナログが“滑らか、すべすべ”に対してデジタルが“ガタガタ、ごつごつ”なのでしょうか。確かに安価な質の悪いデジタル化はそう言えますが、視覚的なものについてはある程度以上細かいデジタル化だともう人間の目には区別がつきません。一方、聴覚に関しては、人間の耳は非常に性能がよいのでデジタル化にはやや問題が残るかも知れません。アナログレコードからCDへは音質を落とした代わりに他の多くの品質を高めたわけです。デジタルの長所は、品質劣化がない、保存やコピーが簡単にできる、コンピュータで処理できる、など多くあります。

人間はデジタル技術で処理されたデジタル信号を直接“感じる”ことができません。光や温度や音や絵など、人間が感じられるのはアナログ信号だけなのです。つまり、デジタルのメリットを人々が“感じる”ためには、世の中に存在するアナログ信号をデジタル信号に「変換」したり、デジタル処理した結果を音や絵や光や温度といったアナログ信号に「変換」しなければいけないのです。A/D変換(アナログからデジタルへの変換)とD/A変換(上の逆方向の変換)でわれわれはCDやMP3などの音楽を耳で聞くことが出来るのです。

抵抗・コンデンサー、オペアンプなどだけで組み上げるのがアナログ機器で、CPUや論理演算素子(ロジックICやASICなど)を取り入れて作り上げるのがデジタル機器です。小型のCPUはもはやあらゆる機器に組み込みされている訳で、車でも家電でも1台に数個~数十個のCPUが組み込まれているのが普通です。

整理しますと、デジタルとは、「連続的な量を段階的に区切って数字で表すこと」です。アナログとは、「連続的に変化する物理量で示すこと」です。荒っぽく言うと、アナログは波形みたいで、デジタルは階段状みたいだ、ということもできそうです。

松戸パソコン修理Pハウス
野口 隆